京都地方裁判所 昭和33年(む)20号 判決 1958年3月05日
被告人 和田克衛
決 定
(被告人・弁護人氏名略)
右被告人に対する収賄被告事件につき、昭和三十三年二月十五日京都地方裁判所裁判官佐古田英郎がなした勾留に対し、右弁護人からその変更の請求があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件請求はこれを棄却する。
理由
本件請求の趣旨は「被告人に対する勾留につきその勾留の場所五条警察署を京都拘置所に変更する旨の決定を求める」というのであつて、その理由の要旨は、「被告人は収賄被告事件につき、京都地方裁判所裁判官が発した勾留の場所を五条警察署とする勾留状により現に同警察署の留置場に勾留されている。しかし、元来右被告人に対する勾留は被告人をして公判における防禦の準備を全たからしめるとの考慮から弁護人との接見のための適当十分な施設を有し且つ被告人の身体の管理についての監獄法令に精通している刑務官の勤務せる京都拘置所においてなされるべきであり、いわゆる代用監獄たる警察署の留置場は、その地に拘置所がないとき等拘置所を使用し得ない正当の理由のあるときに限り、これを勾留の場所として利用することができるだけである。然るに本件においては京都拘置所を使用し得ないような理由は全くないのであるから、代用監獄である五条警察署の留置場を勾留すべき場所とする本件勾留は違法である。仮にそうでなくても、代用監獄の利用は起訴前の捜査手続の実施中に限られるべきであるから、起訴前に発せられた本件勾留状についても、このことを考慮し、勾留場所として右五条警察署を記載する外、起訴後はその勾留の場所を京都拘置所に変更する旨をも附記すべきである。従つて勾留状にさような附記のない本件勾留はこの点においても違法である。よつて、右の違法の是正を求めるため本件請求に及んだ次第である。」というのである。
思うに、当裁判所が当庁昭和三三年(わ)第一〇一号収賄被告事件記録、被告人に対する昭和三十三年二月十五日付勾留状及び検察官より取寄せた右被告事件に関する捜査関係書類等に基いてなした事実の取調の結果によると、被告人は収賄被疑事件につき京都地方裁判所裁判官佐古田英郎が昭和三十二年二月十五日刑事訴訟法第二百七条に基いて発し且つ京都府五条警察署に附属する留置場(右勾留状に勾留すべき監獄として単に五条警察署とあるのは同警察署に附属する留置場を指称するものと解される)を以て勾留すべき監獄とした勾留状に基き同日同警察署附属の留置場に勾留され、同月十九日起訴されたが、その後も引続き同所に勾留されたまま現在に及んだこと、並びに右勾留状には起訴後はその勾留の場所を京都拘置所に変更する旨の附記がなされていないことが認められる。しかしながら、裁判官が刑事訴訟法第二百七条に基き勾留状を発付するに当つては同法第六十四条第一項に従いその勾留状に「勾留すべき監獄」をも記載することを要するが、ここにいわゆる監獄とは、単に監獄法第一条第一項第四号所定の拘置監のみを指称するものではなく、同条第三項所定の警察官署に附属する留置場をも含むものであることは、これら各法条を初めとする関係各法条を対比することにより、容易に理解し得るところである。ところで、右勾留状の発付に当りこれらの監獄のうちいずれを選ぶかは、専らその勾留状を発する裁判官において、被疑者をしてその防禦権の行使を不当に制限する等その基本的人権を侵害することのないよう考慮を払いつつ、なお捜査上の必要性その他諸般の事情を勘案した上で、その相当と思慮するところに従つてこれを決すべきものであり、しかも、その際、拘置監が常に警察官署に附属する留置場に優先せしめられるべきであるとの法理は毫も存しないのである。ところが、これを本件についてみるのに、被告人(当時は被疑者)を京都府五条警察署附属の留置場に勾留することによつてその防禦権を不当に侵害するとかその他その基本的人権を違法不当に侵害する虞があると思われるような事情はもとより、他に同警察署附属の留置場を以て勾留すべき監獄としたことにつきこれを違法乃至不当とすべき事情の存在は、当裁判所における事実の取調に供せられた全資料によつても全くこれを認めることはできない。又、刑事訴訟法第二百七条に基きいわゆる起訴前の勾留として勾留状を発付するに当り、同法第六十四条第一項により記載を要求せられる「勾留すべき監獄」とは単にその勾留の当初に被疑者を収容すべき監獄を指称するものであるから、勾留状にはその趣旨の記載をすれば足りるのであり、その後(特に起訴後)における勾留場所の変更を予想しその旨の附記をなすが如きは全く法の要請するところでないばかりでなく、起訴後において被告人を警察官署附属の留置場に勾留することを禁ずべき理由は毫も存しないから、本件勾留状に起訴後はその勾留の場所を京都拘置所に変更する旨の附記がなされていないからというて、直ちにこれを以て本件勾留を違法乃至不当であるということはできない。
よつて、本件請求は、その理由がないものとし、刑事訴訟法第四百三十二条第四百二十六条第一項に則り、主文のとおり決定する。
(裁判官 河村澄夫 岡田退一 中村捷三)